ダーウィンの土手

動物行動の研究、科学の読み物など

【研究】親戚で助け合うエナガ

cgi2.nhk.or.jp

今週の「ダーウィンが来た!」はなんと、エナガ。ということで、なぜか巷ではあまり知られていないけど、エナガにはごく一部の鳥にしかみられない「共同繁殖」とよばれる性質があり、そのあたりを簡単に紹介したい。「共同繁殖」とは親以外が子育てに関与して、餌をあげたり、外敵を追い払ったりと手伝うこと。今回、紹介する研究はなぜ手伝うのかという謎をしらべたもの。

血縁だから、子の世話を手伝う

手伝いしている個体と親の関係を遺伝的に調べてみると、その多くが血縁関係にあった。また、お手伝いの個体が多い巣ほど、子育てが上手くいくという結果がみられた。以上のことなどから、自分の子を残さなくとも、自分と遺伝子を共有している個体の子を通じれば、自分の遺伝子が残せるという血縁淘汰(kin selection)の理論を実証(Hatchwell, et al. 2014)。

群れの一員に入るかどうかは、親戚かどうか

冬の群れの構成にも血縁関係が重要。それは、最初に群れに加入するかに影響し、群れでの関係性も血縁に基づいて決定、その関係性をもとに、次の年の繁殖グループのメンバーも決めている(Napper&Hatchwell 2016)。

引用文献

Hatchwell, B. J., Gullett, P. R., & Adams, M. J. (2014). Helping in cooperatively breeding long-tailed tits: a test of Hamilton's rule. Philosophical Transactions of the Royal Society of London B: Biological Sciences, 369(1642), 20130565.

Napper, C. J., & Hatchwell, B. J. (2016). Social dynamics in nonbreeding flocks of a cooperatively breeding bird: causes and consequences of kin associations. Animal behaviour, 122, 23-35.

Professor Ben J Hatchwell - Academic Staff & Independent Research Fellows - People - Animal and Plant Sciences - The University of Sheffield

エナガはイギリスの上記の研究グループが長期的に集中して調べていて、質の高い論文がたくさん出ている。今回、紹介したものはいずれもこのグループによる。日本でも研究したら、違う結果が出る可能性があるし、亜種レベルで比較できるから面白いと思うけど、誰かやる気のある人いません?

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協力行動の一般向け読み物、絶版だけど図書館や大学で探せばあるはず。

徳の起源―他人をおもいやる遺伝子

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【書評】気軽に知的好奇心を!:ブロックマン編「知のトップランナー 149人の美しいセオリー」

新年度・新学期が近いということで、何か新しい知的刺激を読書から受けてみてみませんか?今回、紹介する本はそんな知的刺激に満ちて、好奇心を広げてくれる一冊です。

「The edge」と称するアメリカのサイトにて、生物学から物理、工学、心理学など多分野にわたる学者に向けて、毎年ある特定の質問を投げかけていた(今年で最後なのは本当に残念)。本書は2012年の以下の質問を題材にまとめたもの。

「あなたのお気に入りの、深遠で、エレガントで、美しい説明は何ですか?」

WHAT IS YOUR FAVORITE DEEP, ELEGANT, OR BEAUTIFUL EXPLANATION? | Edge.org

題名は「知のトップランナー」とあるが、その多くは一般向けの科学書で著名な科学者あるはライターたち、つまり「知の語り部」であり、その点こそが本書を魅力的なものにしている。一人一人は数ページほどしかないので深い知識が得られることはできないが、その分、気軽に、多様な視点で秀悦な短い説明が展開されるので、多様な分野にわたる知的な好奇心を刺激してくれる。

では、本書の特徴を3点に絞って紹介したい。

お気に入りの理論が熱く語られる

「知の語り部」たちが選りすぐった理論を説明してくれるので、専門外でよく理解できなくとも、その熱気だけでも味わうことができる。また、いろいろな科学理論が含まれているので、単にそういった言葉だけを知っておくだけで、次への足がかりやリテラシー向上にもなり得て、科学的教養が深まる。。昨今はすべてネットの検索すませてしまうことが多々あるが、検索するにはまずはそういった言葉や概念を知る必要があり、その意味でも役に立つはず。

科学の議論が垣間見られる

たびたび同じ理論が多数の学者に選ばれているが、それぞれの説明は分野によって違って面白い。時には正反対の説明をすることも。しかも、質問の中に「正しい」が入っていない点を逆手にとって、最近のまだ検証されていない仮説や、間違っていることがすでに分かっている説明をとりあげたりして、科学がどのように議論されて発展していくのか、その一端を垣間見ることができる。特に「美しさ」と「正しさ」の関係が白熱した議論となっており、「対称性」の扱いは鋭く意見がわかれる。このような議論を知ることで、科学が絶対的ではない、むしろ紆余曲折に、検証を重ねて、正しいらしいものに近づいていくことが理解できるかもしれない。

次なる読書の案内

これが特に重要であり、短い説明で興味を持って、関心を高めることで、次への読書へつなげることができる。ここで取り上げれれた学者の多くは有名な著書があって、かなりの部分が日本語に翻訳されている。本書を手掛かりに、いろいろな本に出会えればきっと新しい世界が広がってくるはず。

関連読み物

ここでは、私の馴染みのある著者たちによる代表的な本を紹介。

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【書評】進化から意識を考える:ハンフリー「ソウルダスト」

ソウルダスト――〈意識〉という魅惑の幻想

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動物心理学者が、意識という哲学的なテーマを生物学的な視点から鋭く論じた好書。「赤を見る」の続編。意識の進化に関心がある人にお勧めです。

自然科学という客観的な枠組みの中で、意識という主観を考えなければいけないため、どうしても解けない謎が生じてしまう。それを解決するために、意識は脳が作った一種のマジックショーという仮説を提唱。これまで神経科学が論じていた意識の話はいつも、適応的意義(究極要因)に関する議論が恐ろしく浅く、なぜ意識が進化したのか疑問に感じていたので、今回の議論は叩き台として興味深かった。当たり前に感じていたこと(秘私性、外界への関心、夢と魂)を別の視点でみるとこれほど不思議な事なのかと感心してしまった。特に魂の不死性に関する議論は興味深い。

詩や先人の文章から多様な引用を用いて、教養豊かに議論を展開。文学や芸術こそ、こういった自我の問題を考察するのにうってつけなのかもしれない。

この本の議論をもとに何か動物で研究できないだろうか?意識の段階性のあたり、実証できれば面白いのだけど。ほんの少し残念なのは神経科学の発展に期待で終わってしまうこと、それでは至近要因という別の要因の話になってしまうので、せっかくの進化的な視点が台無しだと感じた。

関連読み物

この本の前編。短い論考で講義調。原著の方が読みやすいかも。

赤を見る―感覚の進化と意識の存在理由

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ハンフリーといえばこの随筆集。ビックリするような独特な視点はこの頃から顕在。

喪失と獲得―進化心理学から見た心と体

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最近の神経科学から「意識」の系統進化を考察した本らしい。

意識の進化的起源: カンブリア爆発で心は生まれた

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【研究】盆栽するキンチャクガニ

今週、NHKダーウィンが来た!」にて、キンチャクガニが紹介されるらしい。

第540回「海のチアリーダー! キンチャクガニ」 ─ ダーウィンが来た!生きもの新伝説 NHK

そこでキンチャクガニについて調べてみると、同じ仲間(Lybia)でそれなりに面白い論文(Schnytzer et al 2013)が見つかったので、概略をご紹介。

youtu.be

キンチャクガニは左右のハサミに小さなイソギンチャクをつけている。カニにとってはイソギンチャクは捕食者を追い払う武器として、 イソギンチャクにとってはカニは食べ残しをもらう相棒といてお互いに利益を得ているらしい。

こういう関係を共生と呼ぶが、では彼らの関係は対等なのだろうか?

カニがイソギンチャクの大きさを操作

研究者らは、カニが与える餌量を制限することで、イソギンチャクを程よいサイズに保つように調整していることを明らかにした。

具体的には、室内の操作実験と観察を行って検証している。

イソギンチャクをつけているカニは、人工的にイソギンチャクを取り除いたカニに比べて、

  • ハサミの位置が真ん中になく、食べ物から離れている。

  • 足の速度を速くする。

そうすることで、過度にイソギンチャクへ餌が渡るのを防いでいるらしい。

また、餌をあげながら成長量を調べてみると、

  • 独立して生きるイソギンチャク:餌をあげるほど大きくなっていく。

  • カニについているイソギンチャク:サイズに変化がなくほぼ一定に固定されている。

このことから、イソギンチャクが食べ残しを勝手に取るというよりも、カニが積極的に管理していることが初めて確認できたとし、著者らは、この関係を”盆栽”共生と呼んでいる。

共生関係はちょっと調べるだけで面白いですね。もっとしっかりと詰めたら興味深い研究テーマになりそう。

引用論文

Schnytzer, Y., Giman, Y., Karplus, I., & Achituv, Y. (2013). Bonsai anemones: Growth suppression of sea anemones by their associated kleptoparasitic boxer crab. Journal of experimental marine biology and ecology, 448, 265-270.
http://www.academia.edu/download/33711293/1-s2.0-S0022098113002827-main.pdf

関連読み物

種間の関係をめぐる個別の研究事例を集めたもの。 高校生物以上の基礎知識が必要だが、個々の多様な詳細こそ、生物の醍醐味で面白い。どちらも学会の発表をまとめて執筆したもので、国内の研究動向も理解出来る。

共進化の生態学―生物間相互作用が織りなす多様性 (種生物学研究)

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種間関係の生物学―共生・寄生・捕食の新しい姿 (種生物学研究)

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【書評】研究者志望にお勧め: クリック「熱き探究の日々」

熱き探究の日々―DNA二重らせん発見者の記録

熱き探究の日々―DNA二重らせん発見者の記録

DNA構造の解明で有名な天才的理論家、フランシス・クリックの自伝。分子生物学の創設者の一人。

研究者を目指すならぜひ読んでほしい。自然科学の営みを知りたい人にもお勧めだ。

主な内容は分子生物学が形作られた頃の話。ただしDNA構造の解明の経緯はあまりに知られていて、ほぼ省略されている。

方法駆動ではなくて、新たな視点で次々と面白い考えを編み出していく彼は、ずっと前からの憧れ。この本も読んでみると、期待通り面白いすぎる。

子供のころから知的好奇心が旺盛で、大学院生のころ、テーマをきめる時に、自身の会話の内容を分析し、生命と非生命の謎、脳の謎の2つに絞る。結局、これまで研究してきた物理学が使えそうな前者に取り組み、鮮やかなDNAの解明へ。しかし、この頃から、脳科学に関心があって、後に鮮やかな転身(この本では描かれてないけれど、60歳で)をするだからびっくりです。

生物学と物理学の違いとして、自然淘汰を頻繁にあげ、全てに適用できる普遍法則は無く、進化を考える必要もある(ただ分からないことが多すぎて、当時は研究が難しい)と何度も繰り返し出てくるのは興味深い。

DNA構造の解明後の話も、示唆に富むことが豊富で楽しい。特に間違った考えが、どのように修正され、新しい考えに至ったかについて、天才的理論家ならではの視点で述べられている。例えば、rRNAの存在が認識されておらず、rRNAの実験的証拠がmRNAと解釈され、混乱していた経緯は、非常に示唆に富む。これらの実験的証拠がmRNAではなく、別の物であると解釈して初めて、まったく別の実験へ進むことができた。

また、理論家は、実験屋が検証できる真新しい予測を立てなければならないというのはとても共感。理論だけで閉じている世界は異常だと思うのです。

彼のような一生を知的遊戯に捧げられる真の科学者はもはや伝説級で、現在ではなかなかいない気がしてとても寂しい。

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生物系サイエンス・ライターによる伝記。彼と共同研究した人々を軸に話を展開。

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生命の起源は宇宙とする「パンスペルミア説」を真面目に語った彼の本。

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彼の脳や意識に関する本。生物屋にとっては当たり前な話だが、キリスト教世界ではなかなか受け入れないかしら。

DNAに魂はあるか―驚異の仮説

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