ダーウィンの土手

動物行動の研究、科学の読み物など

【書評】気軽に知的好奇心を!:ブロックマン編「知のトップランナー 149人の美しいセオリー」

新年度・新学期が近いということで、何か新しい知的刺激を読書から受けてみてみませんか?今回、紹介する本はそんな知的刺激に満ちて、好奇心を広げてくれる一冊です。

「The edge」と称するアメリカのサイトにて、生物学から物理、工学、心理学など多分野にわたる学者に向けて、毎年ある特定の質問を投げかけていた(今年で最後なのは本当に残念)。本書は2012年の以下の質問を題材にまとめたもの。

「あなたのお気に入りの、深遠で、エレガントで、美しい説明は何ですか?」

WHAT IS YOUR FAVORITE DEEP, ELEGANT, OR BEAUTIFUL EXPLANATION? | Edge.org

題名は「知のトップランナー」とあるが、その多くは一般向けの科学書で著名な科学者あるはライターたち、つまり「知の語り部」であり、その点こそが本書を魅力的なものにしている。一人一人は数ページほどしかないので深い知識が得られることはできないが、その分、気軽に、多様な視点で秀悦な短い説明が展開されるので、多様な分野にわたる知的な好奇心を刺激してくれる。

では、本書の特徴を3点に絞って紹介したい。

お気に入りの理論が熱く語られる

「知の語り部」たちが選りすぐった理論を説明してくれるので、専門外でよく理解できなくとも、その熱気だけでも味わうことができる。また、いろいろな科学理論が含まれているので、単にそういった言葉だけを知っておくだけで、次への足がかりやリテラシー向上にもなり得て、科学的教養が深まる。。昨今はすべてネットの検索すませてしまうことが多々あるが、検索するにはまずはそういった言葉や概念を知る必要があり、その意味でも役に立つはず。

科学の議論が垣間見られる

たびたび同じ理論が多数の学者に選ばれているが、それぞれの説明は分野によって違って面白い。時には正反対の説明をすることも。しかも、質問の中に「正しい」が入っていない点を逆手にとって、最近のまだ検証されていない仮説や、間違っていることがすでに分かっている説明をとりあげたりして、科学がどのように議論されて発展していくのか、その一端を垣間見ることができる。特に「美しさ」と「正しさ」の関係が白熱した議論となっており、「対称性」の扱いは鋭く意見がわかれる。このような議論を知ることで、科学が絶対的ではない、むしろ紆余曲折に、検証を重ねて、正しいらしいものに近づいていくことが理解できるかもしれない。

次なる読書の案内

これが特に重要であり、短い説明で興味を持って、関心を高めることで、次への読書へつなげることができる。ここで取り上げれれた学者の多くは有名な著書があって、かなりの部分が日本語に翻訳されている。本書を手掛かりに、いろいろな本に出会えればきっと新しい世界が広がってくるはず。

関連読み物

ここでは、私の馴染みのある著者たちによる代表的な本を紹介。

ブラックモア:心理学者。ミーム(文化的な複製子)の本で有名に。

ミーム・マシーンとしての私〈上〉

ミーム・マシーンとしての私〈上〉

ミーム・マシーンとしての私〈下〉

ミーム・マシーンとしての私〈下〉


マット・リドレー:生物系サイエンス・ライター。進化に関する多数の素晴らしい著書がある。そのなかでも、この本は協力に関するもの。

徳の起源―他人をおもいやる遺伝子

徳の起源―他人をおもいやる遺伝子


リチャード・ドーキンス :進化生物学者、サイエンス・ライター。進化の啓蒙書「利己的な遺伝子」で有名、難しい概念を比喩でわかりやすく説明、ただ誤解を生むことも。この本は現存の生物たちの面白い営みを逆の進化史に従って説明するという面白い本。

祖先の物語 ~ドーキンスの生命史~ 上

祖先の物語 ~ドーキンスの生命史~ 上

祖先の物語 ~ドーキンスの生命史~ 下

祖先の物語 ~ドーキンスの生命史~ 下


ピンカー:認知心理学者。チョムスキー生成文法を生物の進化に基づいて紹介という本で有名に。最近、暴力などの文化にも手を伸ばす。

言語を生みだす本能(上) (NHKブックス)

言語を生みだす本能(上) (NHKブックス)

言語を生みだす本能(下) (NHKブックス)

言語を生みだす本能(下) (NHKブックス)


フリーマン・ダイソン:物理学者。未来への提言。

フリーマン・ダイソン 科学の未来を語る

フリーマン・ダイソン 科学の未来を語る


ラマンチャンドラン:神経学者。この本で鮮烈なデビューを飾る。不思議な病例の話。

脳のなかの幽霊 (角川文庫)

脳のなかの幽霊 (角川文庫)

リッチ・ハリス:心理学者。生まれか育ちかを「兄弟」の観点から追求。

子育ての大誤解〔新版〕上――重要なのは親じゃない (ハヤカワ文庫NF)

子育ての大誤解〔新版〕上――重要なのは親じゃない (ハヤカワ文庫NF)

子育ての大誤解〔新版〕下――重要なのは親じゃない (ハヤカワ文庫NF)

子育ての大誤解〔新版〕下――重要なのは親じゃない (ハヤカワ文庫NF)


ニコラス・ハンフリー:動物心理学者。詳しくは書評。 ethology.hatenablog.jp

ダニエル・デネット:生物系哲学者。この本は自然淘汰の哲学的理解。

ダーウィンの危険な思想―生命の意味と進化

ダーウィンの危険な思想―生命の意味と進化


カール・ジンマー:生物系サイエンス・ライター。進化の読み物が秀悦。

進化――生命のたどる道

進化――生命のたどる道


デイビット・バス:進化心理学者。殺人の研究で有名。

「殺してやる」―止められない本能

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ヘレナ・クローニン:生物系哲学者。科学史の本で有名。

性選択と利他行動―クジャクとアリの進化論

性選択と利他行動―クジャクとアリの進化論


ポール・ブルーム:心理学者。ヒトの赤ちゃんの研究。

赤ちゃんはどこまで人間なのか 心の理解の起源

赤ちゃんはどこまで人間なのか 心の理解の起源


ヘレン・フィッシャー:心理学者。愛情関係の著書が多い。

愛はなぜ終わるのか―結婚・不倫・離婚の自然史

愛はなぜ終わるのか―結婚・不倫・離婚の自然史


ピーター・アトキンス:物理学者。熱力学の啓蒙書で有名だけど、あえて本書に合わせて、自然淘汰から数学の話まで科学一般を射程に。

ガリレオの指―現代科学を動かす10大理論

ガリレオの指―現代科学を動かす10大理論


バロン・コーエン:心理学者。自閉症の研究で有名。

自閉症とマインド・ブラインドネス

自閉症とマインド・ブラインドネス


ラドルフ・ネシー:医学者。生物進化の理論を医学に応用。

病気はなぜ、あるのか―進化医学による新しい理解

病気はなぜ、あるのか―進化医学による新しい理解


ペバーバーク:動物行動学者。鳥の認知、特にアレックスと名付けたインコの研究で有名。

アレックスと私

アレックスと私


ジャレット・ダイヤモンド:人類学者。「銃・病原菌・鉄」でなぜか日本でも有名に。あえて人類学の本を。

人間はどこまでチンパンジーか?―人類進化の栄光と翳り

人間はどこまでチンパンジーか?―人類進化の栄光と翳り


ロバート・M・サポルスキー:霊長類学者。この本は自伝的。

サルなりに思い出す事など ―― 神経科学者がヒヒと暮らした奇天烈な日々

サルなりに思い出す事など ―― 神経科学者がヒヒと暮らした奇天烈な日々


生物系に偏って、他の分野(例えば物理屋)さんはほぼゼロの結果に。

<番外>何度か言及されてる人物

リチャード・ファインマン:物理学者、外伝が凄まじく、科学の本質を面白エピソードで。

ご冗談でしょう、ファインマンさん〈上〉 (岩波現代文庫)

ご冗談でしょう、ファインマンさん〈上〉 (岩波現代文庫)


フランシス・クリック:DNA構造の解明で有名。詳しくは書評。 ethology.hatenablog.jp

私なら、なぜか誰も言及していないけれど、性淘汰(sexual selection)を挙げたい。なぜなら美の究極的な意義であり、無機質な環境ではなく、生き物どうしの振る舞いこそが進化の要因とはなんて素敵なんだ。さらにそれを拡張?した社会淘汰(social selection)はいかが、ってほとんど検証すらされていないけど、、、。

その他の書評

http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20141231
http://honz.jp/articles/-/41024
http://1000ya.isis.ne.jp/1660.html